***はながさく

 

 めんどうなことを後まわしにすると、たいへんなことになる。
 あたりまえのことなのに、ぼくはそのあたりまえなことをしらなかった。
 気づいたのは、なつ休みがあと
1しゅう間になってから。
 ドリルはいい。後からだれかのをかりて写せばいいんだから。
 工作や絵やしゅう字は、めんどうだけどてきとうにやればいい。
 もんだいは、かんさつにっきだ。
 まい日書かなくてもいいけど、さいていでも
10日分は書いてくださいね。
 中川先せいはそんなことを言っていたっけ。
 今日からまい日書いても、あと一しゅう間しかないのに。
 かんさつにっきって何を書けばいいんだろう。
 コトちゃん――ぼくの大すきなおねえちゃんで、とってもかわいい――にきいたら、花やどうぶつをかんさつしてありのままを書けばいいんだよ、とおしえてくれた。
 さすがコトちゃんだ。なんでもしってる。
 花のかんさつかぁ……しょうじき、めんどうくさいなあ。
 なんて言っても、ぼくにのこされてるじ間は少しだけ。
 さっそく、花んちに行くことにした。
 めんどうだけど、これからまい日かようことにしよう。
 そうだ、ドリルも花のを写せばいいや。

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なつ休みのかんさつにっき   
15くみ すず木そう一

   824() くもり

 かんさつにっきをつけるために、花のうちにいった。
 ドリルを見せろと言ったら、グーでなぐられた。
 まったく、きょうぼうな女だ。
 コトちゃんとはおおちがい。
 そんなにおっかないと、よめのもらいてもつかないぞと言ったら、こんどはパーでなぐられた。
 花はいつも力がなくて、きゅう食のときだってぎゅうにゅうびんのかるい方だって一人じゃもてないのに、ぼくをなぐるときは力がつよい。
 いつもはうさぎ(あれ、かめだっけ?)をかぶっているにちがいない。


   825() はれ

 きょうも花のうちにいった。
 しょうじき、めんどうくさいんだけど。
 花はいつもおこってばっかりだし、すぐにぼくをたたいてくる。
 かんさつにっきのためだからしょうがない。
 かえるとき、花のおばあちゃんがかきごおりをつくってくれた。
 赤いいちごシロップがたくさんかかっていて、とってもおいしかった。
 やっぱりあつい日のかきごおりはさいこうだ!



   826() はれだった気がする

 はっきり言って、花はおかしい。
 きょうも花のうちにいったんだけど、ドアホンをおしてもなかなか出てこない。
 花のおばあちゃんは耳がわるいからしょうがないんだけど。
 いつもだったら、すぐに花が
(とってもイヤそうなかおをしながら)出てくるのに。
 ドアをあけると、かぎはかかってなかったから、そのままあがっていった。
 そうしたら、花がテレビの前でわんわんないていた。
 なにがかなしいんだろうとみてみると、テレビからは『コンピューターおばあちゃん』がながれていた。
 花はぼくがいるのにも気づかずに、わんわんわんわんなきつづけた。
「どうしたの」
 こえをかけると、花ははなをすすりながら、
「だって、かわいそうじゃない」
 と言った。
 なにがかわいそうなのときいたら、
「だって、このおばあちゃん、『ぼく』いがいのみんなにきらわれてるのよ。ひどいわ。おじいさんにもさきだたれて、たよれるのはもうかぞくだけなのに!」
 とおこってきた。
 よくわからないから、もういっかいなにがかわいそうなのかきいたら、
「かしにあるでしょ、 イェイイェイぼくは大すきさー って。ぼく『は』なのよ、大すきなのは。ぼくだけなのよ、おばあちゃんのことをすきなのは」
 と、またなきだした。
 ほかにも、にせたいどうきょがなんたらかんたらとか、よめとしゅうとめがなんたらかんたらとかいっていたけど、ぼくにはよくわからなかった。
 なにをはなしても、花はわんわんなくだけなので、ぼくはそのすきに花のドリルを写した。
 ぜんぶはおわらなかったけど、けっこううまった。
 しゅくだいがかたづくのはいいことだけど、はなしがつうじなくなるのがこまる。

 はっきり言って、花はおかしい。



  827() あめ

 せっかくあそびにいってやったのに、花のうちはみんなるすだった。
 あとでおかあさんにきいたら、しんせきのおばさんのいえにあそびにいったらしい。
 あさってまでかってこないなら、きのうのうちに言ってくれればよかったのに。
 しかたがないので、しゅう字をやった。
 しゅくだいになっていたのは、「花」というかん字だった。
 なんとなくむかついて、ぼくはてきとうにおわらせた。
 雨がざーざーふってるせいか、かみがしわしわになってこまった。


 
 828() くもりのちあめ

 きょうも花がいないので、絵と工作を終わらせた。
 かみねんどで作ったかいじゅうと、「火のよう心」のポスター。
 なんだかんだいって、あとはドリルがはんぶんとかんさつにっきだけだ。
 早く花がかえってこないとおわらないじゃないか。
 さっさとかえってくればいいのに。
 うるさいしおっかないけど、いないとちょっとさびしいなとおもった。(ほんのちょっとだけだけど)。


  829() はれ

 ひさしぶりにはれた。
 あついのはいやだけど、あめがふってるのはじめじめしてきもちわるいから、はれてるほうがいい。
 花んちにいくと、花はえんがわでラムネを飲んでいた。
 ほそくてながいみつあみが、ゆかの上にだらりとたれていて、へびみたいだとおもった。
 花のかみは長すぎる。
 立っていても、ひざこぞうにつくかつかないかくらいあるから、すわるとゆかにひきずってしまう。
 ぼくが来たことに気づいてないみたいだったから、うしろからゆっくりちかづいて、おもいきりかみのけをひっぱった。
 おなかをおもいきりけられた。
 ほんとうにきょうぼうな女だ。
 ひさしぶりだっていうのに、まったくてかげんなしだなんて。
 いきおくれても、ぜったいぼくは花をもらってやらないんだ。
 ところで、いきおくれる、ってなんだっけ。



  830() はれ

 きょうはめずらしく、花がぼくのうちにきた。
 おみやげに、花火をもってきたので、ぼくと花とコトちゃんとお父さんの
4人であそんだ。
 でも、花のやつ、けっきょく一回も花火をもたないままでおわった。
 花はむかしっから、火がこわいんだ。
 マッチで火をつけるのもできないし、花火を手にもつことだってできない。
 むりやりやらせようとおもっておいかけたら、おとうさんにげんこつでなぐられた。
 火だけじゃない。
 花はいろんなものがこわい。
 たかいところも、せまいところも、くらいところも、おばけも、かいじゅうも、かみなりも。
 ぼくはそんなものより、花のがずっとつよいとおもうのに。
 花はすぐにおこる。
 花はすぐになく。
 花はすぐにたたく。
 花はすぐににげる。
 花はすぐにこわがる。
 花はほんとうにへんなやつだ。


  831() くもり

 きょうでなつ休みがおわる。
 あしたから学校だとおもうと、ちょっとめんどうくさいけど、みんなにあえるのはわりかしたのしみ。
 なにより、これで花のうちにこないですむと思うと、せいせいする。
 花は

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 とちゅうまでにっきを書きおえたところで、花がもどってきた。
「すいか切ってきたんだけど」
 どうせ、おばあちゃんに切ってもらったんだろう。
 花は、ほうちょうもこわい。
「いま、なにかかくしたでしょ」
「何もかくしてなんかないって」
「ううん、かくしたわ。ぜったいにかくしたわ」
「かくしてなんかないっていってるだろ」
 言いながら、ぼくはざぶとんの下にえにっきをかくす。
 こんなものを見られたら、なにをされるかわからない。
「そうやってつっかかってくるのが何よりのしょうこよ。そういち、あなたいつもつごうがわるくなるとおこってみせるんだから」
 まずい。
「さあ、出しなさい。今なら『それ』がなんだったとしても、おこらないでいてあげるから」
 まずい。まずい。まずい。
「そういち、お出しなさい」
 花が、にっこりとわらった。
 ぼくは、かくごをきめる。
 ざぶとんの下から、ノートを出し、花にわたした。
 めったにわらわない花がこうやってわらってみせるのは、よっぽどおこってるとき。
 さからわないほうがいい。
 にっきはあきらめるしかない。いのちにはかえられない。
 パラパラとページをめくる花の手が、ぶるぶるとふるえていく。
 ぼくは、『それ』がおこるまえに、えんがわからおもいきりはしりだす。
「そういち、にげるな! ここにすわりなさい
!!
 花の大声がせなかからきこえてきたけれど。
 まてといわれてまつヤツはいない。
 だいじょうぶ、花はとっても走るのがおそい。
 ものをなげたとしても、ノーコンだ。
 ぼくはとにかく、ひっしでにげた。

 あしたになれば、きょうしつではちあわせになるんだってことに、気づかないまま。


「靴底鳴らして顔上げて」より花と壮一のお話。
JUNKにしたのは、小説よりも「日記」がメインのお話だったから。
小学校
1年生で使える漢字ってどれ位だったかしらと想像しつつ、それよりひらがな多目で変換。
まだまだ冬だってのに、夏休みネタをやるあたり、ダメな感じよね。
ここ数日、毎日『コンピューターおばあちゃん』が頭の中をぐるぐる回っていたので、できたお話。
初出:
2005.3.9 書き下ろし

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